魂のルフラン II

2026年4月1日にミサヲちゃん(セキセイインコ)が逝去した。平成25年(2013年)5月22日に我が家にお迎えした女の子であるが(添付の確認書参照)、その前の年から成鳥としてお店にいたので、最低でも14才にはなっていた (確認書の生年月日はテキトーに書かれている)。報告が遅くなってしまったが、ミサヲちゃんの新盆も近づいてきたので、なくなった日の状況と新しくお迎えしたセキセイ「緑ちゃん」の記録を残しておきたい。

ミサヲは、五才で甲状腺の病で足ガッサガサになり、食べなくなって死にかけ、投薬により復活した。その後も2021年、2024年にも体調をくずし瀕死の状態になり、そのたびにわたしはもうだめだと大泣きし覚悟をきめた。しかし、そのたびに彼女はもちなおし私は歓喜し、最近はもうこの子は死なないのではないかという錯覚すらおきていた(そのためミサヲの羽はインコ祭壇に生命力のシンボルとして祀られている)。先代ごろう様のなくなったあと、彼女が我が家でたった一羽のインコであった時代もあり (ちなみに、ミサヲはこの時寂しさでハンストしたので、彼女をお迎えしたお店にいって大勢の鳥の声を一時間録音して寂しがらせないようにした。大変だった)、荒鳥でありながらも、私の心にミサヲちゃんの存在感がしめる割合はそこらの人間よりも遙かに大きいのである。

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しかし、さすがにここ数年は腹水がたまり(写真)、今年にはいってからはお医者さんの指示で一日一〜二回おちりについたフンチを沐浴で取り除き、食欲がおちた時はフォーミュラをクチバシにはこぶ介護が必要になっていた。病状は確実に進行していた。

その日は突然やってきた。新学期がはじまった初日の四月一日、大学から帰ってきて鳥部屋にあがってふと見ると、ミサヲちゃんが定位置にいない。みると、止まり木の下におちており、足はのびきっていて、クチバシを開いて肩で息をしている。明らかにもう終末期である。

よくみると足には鳥籠にさげてあるお守りの一つに足がからまっており (元気な時、これはお守り兼遊び道具だった)、まずひもを外そうとするが、荒鳥なので暴れてうまくいかない。そこでハサミでひもを切って、とりあえず柔らかくて暖かいところに置かなければ(四月でまだはさむかった)と毛布の上に乗せた。それから養生用の箱を作ろうとばたばた上がりおりしていると、その僅かな時間に事切れていた。この日の朝まで普通にさえずっていたのに。

その体をみると、筆毛で覆われている。これまでも体調を崩した時はいつも換羽期であり、この日は急に寒くなって雨がふったこともあり、これらが最後の一撃になっていってしまった。

私は延命地蔵尊に足を運び我が家のいきものの延命を願掛けしている。しかし、ミサヲについては、ここ二年ほど前から「もしミサヲがなくなるとしても苦しまないで、安らかにいけますように」という内容にかえていた。なので、自分では覚悟ができていると思っていた。いままでなんども死にかけて、そのたびに大泣きしていたから、もう涙は残っていないと思っていた。しかし、泣けて仕方ない(いまこれ書いてても泣ける)。

小鳥部屋をパネルヒーターでつねにあったかくしていたのも、冷蔵庫の薬も、沐浴用の容器、脱脂綿、白きびも、フォーミュラも、何もかもが弱っていくみさおちゃんのためにしつらえられ、介護が日課となっていた。突然すべて必要なくなると、からっぽのカゴとともに空虚感がつのる。

鳥友にミサヲちゃんの死をラインするが、四月一日でみな忙しいのだろう、既読がつかない。ので、気晴らしのため葬儀の準備にとむらいの花をかいにいく。彼女の羽はブルーと白なので、棺には白い菊と青いデルフィームをしきつめた。棺にいれると花と彼女が区別つかず、本当に美しいいきものであることがわかる。ごろう公と花姫の声を聞きたいだろうと棺はかれらのカゴの前におく。

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隣に住む親戚がお花をもってきてくれ心が少しだけ落ち着いた。そして、やっと既読がつき、鳥友から「人間でいったら102歳で大往生だから」と慰められる。しかし、長く一緒にいた分存在感も大きいので、あまり慰めにならない。

それからも、からっぽになった彼女のかごに、遺影を飾り、生きていた時と同じように鳥ごはんをいれ、水をかえ、野菜をセットした。空虚感を満たすための補償行動である。

しかし、その空のかごの中にどうしてもセキセイの幻をみてしまう。セキセイの寿命なら私の余生でも最後まで世話ができるので、やはりセキセイが欲しい。しかし、ごろう公の転生譚の時にも書いたが、私は生体売買に否定的なので、ブリーダーさんとか、お店にいって買うという選択肢はない。ごろう公の時のように、運とご縁によってうちにくる子がいてくれたら、ミサヲちゃんの生まれ変わりと自分をごまかせる。

そこで金銭を介さずにペットをもらってほしい人、飼いたい人を結ぶサイト「ペットのおうち」に目をつける。これはよくできたシステムで、爬虫類の餌にするために鳥をただで手に入れようというクズを排除するために、会費あり、里子をだす側は誓約書をもらい手で書かせ、もらい手の家を確認したりもできる。

このサイトの中から「とり」の里親募集をみていると、四月頭にうまれた緑と青のセキセイのヒナに目がとまった。青がミサヲちゃんそっくりなのである。場所も神奈川県鶴見区と、うちから電車で30分の距離。そこで、まずはサイトの中でメッセの交換をして結局緑の方のヒナがうちにくることになった。原種カラーである。私は原種派なのでそれはそれで嬉しい。受渡日は4月29日。この日は丁度私の母の命日で、母の名前はみどりで、ヒナもみどり色。しかも、鶴見区の近くの友人宅いる時に連絡がきたので、これも何かの縁である。

ヒナを受け取る場所として相手が指定した場所は、車が止められるという理由から大本山総持寺の門前ちかくの線路際。去年アホほど研究のために通ったあの総持寺である。この待ち合わせ場所にも因縁を感じた。

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こうしてうちにきた緑ヒナは、33年前になくなった母の名をとって「みどり」と命名された。緑は最初の日は銅像のように動かず、鳴かず、食べず、箱の中にちんまりしているだけ。去年ヒナのオカメインコをお迎えした鳥友Mさんは「最初の日はこんなものですよ。新しい環境になれずにドキドキしているだけですよ」という。しかし、自分、ヒナをみたのは初代ごろう公の時すなわち1997年以来(二代目ごろう公と花姫はうちにきた時はもうかなり大きくなっていた)なので、不安が募る。見かねたMさん「明日いきましょうか?」

「うん来て」

Mさんが我が家に来て、みどりを手にとっている間、みどりの敷紙を交換する。私が敷紙にする新聞紙の記事をチェックして、「この頁は縁起の悪いニュースがのってる、経済欄とエンタメ欄はどこだ」と新聞をよりわけていると

Mさん「神経質なママですねー」といいながら「大丈夫ですよ、この子。目がしっかりしている」という。そしてその日の午後くらいから食事をしはじめてくれた。

みどりはいま生後四ヶ月ちょっとであるが、大人の鳴き声になり、ぶんぶんとんで、ブランコやボールで激しく遊んでいる。手乗りにすることには拘っていないが、病気になった時に人間の手を怖がると投薬もできないので、そこそこの手乗りになってくれると嬉しい。

そして、最近、ふと気づくのである。カゴの角に足をひらいてとまる姿とか、止まり木の上で羽ばたく姿や、カゴについたおまもりをひっぱる姿が、ミサヲちゃんそっくりであることに。

お帰り。

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