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「オカメインコ教」
我が家は、父と母が熱烈なオカメインコ教の信者であるため、僕はいきがかり上、教父の役目を果たしている。そこで、本日は教父としてみなさんにオカメインコ教についてお話してみたい。まず、オカメインコ教というからには、オカメインコの神がいる。その神の実在を証明するお話を一つ。
二月十五日の日曜日、母はみなとみらいで仕事を終えたのち、父と待ち合わせて中華街で食事をすることとなった。中華街はこれまで何度もきていたが、二月いっぴにみなとみらい線が開通したこともあり、これまでになく混み合っていた。大きな店はすぐ中はわからないものの、狭い店などは寒い路上に列をつくっている。父と母は「味も名店もカンケーない。もう座れればどこでもいーゃ」という、限りなく低い志で店を物色しはじめた。そこで目についたのが萬福大飯店。そこそこ間口のある店なので待たずに案内してもらえそう。こうして、ふたりはこのだじゃれのような名の店に足を踏み入れたのであったった。
店に入るとボーイはわれわれを待たせて、上階の席を見に行った。おそらく上に空席があるのだろう。すると、わたしたちのすぐあとに、二十代前半の、服装や態度から、見るからにつきあいだしたばかりというぎこちないカップルが入ってきた。そのとき、ボーイは階上より降りてきて、たどたどしい日本語で「十人テーブルをそちらさまとご相席ということならご用意できますが」と聞く。母は周りの見えてない若いカップルとの相席は死ぬほどいやだったが、外は寒いし混んでいるしで、仕方なく相席を承諾することとした。おそらくカップル側もこの中年夫婦との相席はいやであったろう(余計なことをゆうな)。
通された三階は明かに団体席であり、われわれが最初の入室者であった。父母と若いカップルは互いに避けるようにできるだけ離れて座った。若いカップルの会話はおつきあい初期の幸せな雰囲気にみちみちており、一方、母は仕事の疲れと不本意な相席のため、不機嫌に本なぞを読みはじめた。注文をしてしばらくすると、母はお手洗いにたった。しかし、お手洗いから帰ってきた母はうってかわった明るい表情で父を手招きしたのであった。そこで、父がお手洗いにいってみると、トイレの壁面にオカメインコを表現した飾りタイルが一枚はめこまれていたのである。二人はしばし感動にうたれ(笑)、席に戻ってデジカメを手にするとふたたびトイレにもどってタイルを何枚もデジカメでとり続けた。その間、中国人のボーイと若いカップルがこの二人をアブナイ人をみる目で見ていたことは言うまでもない。
ふと見回すとこの店の壁面はみな絵タイルで飾られていた。わたしたちの座った席の壁には福禄寿と天官が多数のタイルの組み合わせで表現されていた(店の若いもんにきくと台湾で発注したタイルだそうな)。そこで、食事が終わってのち、二人は階段の途中、二階、一階のトイレのすべての飾りタイルを確認したが、オカメインコ・タイルはあの三階のトイレ一箇所のみであった。
その時、父と母はオカメインコの神の臨在をはっきりと確信したのである。
この広い中華街で、オカメインコのタイルが装飾に用いられている確率は限りなくゼロに近い。さらに、われわれが腐るほどある中華料理やからこの萬福大飯店を選ぶ確率、そして普段は個人客が通されない三階席に通される確率もかなり低い。となると、父母がこのタイルとめぐりあえたのはオカメインコの神の御手のなせるわざと考えずしてどう説明がつこうか。父母が朝となく夕となくオカメインコを愛し、念じ続けたことにたいして、オカメインコの神が導きを行われたのである。
このように、オカメインコ教の信者となると、しばしばオカメインコの神の臨在を感じることができる。
最後に、オカメインコ教の信者(教友)どうしの温かい交流について述べてみたい。横浜での仕事の当日、オカメインコ教の教友、まろんちゃん(ルチノー・オカメのお嬢さん)のおかあさんから、「うちのまろんからごろうちゃんへ」とバレンタインのチョコを戴いた。母はそのしゃれた感覚に喜び、仕事関係でもない、学校関係でもない、オカメインコ教のおつきあいにとても癒しを見いだした。
つまり、オカメインコ教に入ると、オカメインコの神による愛と平和の導きがあり、さらに、知性と友愛にみちた教友ができるのだ。さあ、みんなもオカメインコ教に入らないか? ビバ、オカメインコ(でもね、責任をもってオカメインコを世話できる人以外は信者にならないでね。あと、よい子はインコにチョコを食べさせてはいけません。うちは父母がありがたく頂戴いたしました。)!
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