アショーカ王伝(其の参)
『アショカ王伝』(法蔵館) より
☆*"゜その死
(7) 「法のアショーカ」
それからというものの、アショーカ王は全世界に8万4千の仏塔をたてまくりました。8万4千とは覚りの境地をあらわす概念の数であり、仏塔とは覚りの境地を象徴するものです。仏塔をたてることは善行の中でも最たる者であることから彼は「法のアショーカ」と呼ばれるようになりました。お釈迦様が預言された通りアショーカ王は仏教によって世界を支配する転輪王となったのです(写真はアショーカ王詔勅碑文柱頭)。
(8) 死の床「半アーマラカの実」
アショーカ王は僧院に布施をしまくりました。あきれかえった家臣たちはアショーカ王が死の床につくと宝庫の鍵をとりあげました。すると王は自分に運ばれてくる金製の食器を僧院に布施してしまいました。食器を銀にかえると、それも僧院へ送ってしまいました。最後に木の食器で給仕されるようになるとアショーカ王は、手にした半分のアーマラカの果実を見て「栄耀栄華を極めた転輪王であっても、死の床にあっては、自分の国も、体も自分の思い通りにはならない。私に残されたのはこの手の中にある半分のアーマラカの実だけだ」(王権無常のたとえ)といいました。 そして、アショーカ王はよろよろとたちあがると「宝庫をのぞいた、海のはてまで続く自分の国土を布施する」といって、その旨を記した勅書に歯形をつけて (認証して) ばったり倒れました。最後の力ワザ布施です。残された家臣は僧院に大枚をはたいて国土を買い戻しました。