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最強の護法尊ペルテンラモ



 新年、ダライラマ法王は護法尊ペルテンラモ(吉祥天女)に願掛けをして、一年の行方を占う。

 ペルテンラモはゲルク派(ダライラマの属する宗派)の護法尊体系の中でもトップの位置を占める神様で、その尊様はお優しい姿のものから、血の海を渡るすさまじいものまで様々である。

 ダライラマとこの女神との関係はダライラマ二世ゲンドゥンギャムツォの時代にさかのぼる。ダライラマ二世はウルカにチューコルゲルという僧院をたて、その寺を建造する際に出土した剣を、近くにある湖になげこむと、湖は沸騰し、ペルテンラモの力を宿すようになった。という。

 以来、ペルテンラモはダライラマの護法尊となり、この湖はラモイラツォ、すなわち女神の湖と呼ばれ、ダライラマが遷化されて次のダライラマがどこに生まれるかを占う際に、側近たちはこの湖のほとりにおいて瞑想をし、そのビジョンによってダライラマを探す。

 ダライラマ二世の時代から伝わっているペルテンラモのタンカ(仏画)ラモスンチョンマ(lha mo gsung byon ma)は、歴代ダライラマが最も身近において祈願をするものとなっている。

 このラモスンチョンマが重要な仏画であることに気づいたのは2013年にダライラマ13世について研究している時のことであった。ダライラマの中国政府とチベット政府に対する認識の変遷について検証している際に、毎年正月にダライラマが行っているペルテンラモへの祈願文が非常によいデータを提供してくれることが分かった。

 この祈願文集には一つ一つに必ず日付が入っていて、その日付を西暦になおすと、19世紀の終わりから13世がなくなるほぼその年まで毎年きれめなく続いている。そして文中にでてくる中国政府とチベット政府の呼称を検討するとおもしろいことが分かった。ダライラマ13世は1913年以前はチベット政府と中国政府の両方の仏教と政治の繁栄を祈っていたのに、中国と断交した1913年以後は、ぱったりと中国政府への祈願をやめていたのである。これは明らかにダライラマ13世は中華民国を施主とは認めていなかったことを示している。

 その論文はここからダウンロードできるので興味有る方はご覧になってください。

 でこの、ダライラマ13世の正月の祈願を捧げる対象が、ラモスンチョンマというダライラマ二世伝来のペルテンラモの仏画なのだ。

 これに気づいた時、私にはダライラマ14世の自伝の中のある件がひらめいた。1959年、ダライラマ14世が中国軍に占領されたラサから脱出して亡命生活に入った夜、若い兵士に変装したダライラマは居室からたった一つの仏画を背負って持ち出した。これがペルテンラモの仏画ではないかと。

 そこで、その秋、ダライラマ法王が来日された際、法王事務所がチベット学者を招いてエンパワメントを行うというイベントがあった際に、この件について質問させて頂いた。あの晩、24才の法王が背におって脱出した仏画はラモスンチョンマではないかと。

 法王の答えはイエスであった。歴史的な存在であるダライラマ14世ご本人の口から、亡命の晩についての光景をリアルに知ることができたのは感動した。

 そして、翌2014年8月12日、さらにペルテンラモとご縁を結ぶ機会を得ることができた。元ギュメ管長ガワン先生の生まれ変わりをガンデン大僧院に訪問した際に、ガンデン大僧院チャンツェ学堂の元管長ロサン・チュージョル師からペルテンラモの灌頂を授かったのである。

 この元管長先生はガワン先生のお葬式の導師をされた方で、施主である平岡宏一先生のリクエストによってこの灌頂を行われたとのことである。平岡先生によると、ペルテンラモはダライラマの護法尊であると同時に、ガンデン大僧院チャンツェ学堂のメイン護法尊でもある。

 ガンデン大僧院がペルテンラモを護法尊に迎えたことについては、チベット密教の本山ギュメ大僧院に笑い話がある。

 昔ペルテンラモはギュメ大僧院の護法尊であった。あるとき、ギュメの僧侶が川をわたっていると舟が転覆してお坊さんたちが溺れそうになり、お坊さんの一人が神通力で僧侶たちを宙に浮かして助けた。しかし、ギュメには密教学堂ならではの掟「人前で超能力をひけらかすと追放」があったため、その僧侶は皆を助けたにも関わらずギュメから追放されることになった。

 そこでみなは「護法尊がちゃんと仕事をしないから、優秀な僧侶がギュメを追われることとなった。仕事をしない護法尊はいらん」といって、ペルテンラモの仏画を川に捨て、仏画はどんぶらと川をくだっていき、それを川下で拾ったのがガンデンの僧侶であったという。

 余談であるが、ギュメ大僧院がペルテンラモを追放した晩、ギュメの本堂から泣きながら出て行く女性の姿が目撃されたそうな(笑)。仕事をしないと神様ですら首を切られるのである。

 この灌頂の際、導師はペルテンラモの力を宿したトルマを一人一人の頭におき、その時、私の心からも、嫉妬、ケチ、怒り、執着心などの悪業がなくなり、ペルテンラモの心と、水におちた牛乳のように一味になったのだが、そのあとは順調にドロドロになりつつある(笑)。

 というわけで、今年のお正月は気持ちも新たにペルテンラモ尊に、広く仏教の興隆と有情の平安を祈願申し上げる。

 今年一年、仏の教えが栄え、人々が平安でありますように。


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