[チベットの古典に触れよう]

チベットのデロク(臨死体験)文学

('das log)

石濱裕美子訳


目次

I. 解説

II.本文
  A. ラワン・プティの半生
  B. ラワンの死
  C.中有のあらわれ
  D. 閻魔の国への出立
  E. 閻魔の国で
  F. この世への帰還
  G. コロフォン

II.注記




I.解説


 チベットの文化はあらゆる側面から仏教と深い関係を有している。文学においてもそれは例外ではなく、文学の多くは仏教の教えを一般の人にもわかりやすい形で説き、良い行ないをすすめるために記されたものである。まれに仏教の教えとは無関係で記された民間文学があっても、寺院の内部で行なわれている論理学の論争をパロディ化したものや、僧尼の生活を風刺した笑い話といった類のものが多い。ここで紹介するデーロクという文学のジャンルは、いわゆる一度死んだ (デー) 人間が蘇えって(ロク)、その間 (中有) において見聞した体験を記したものである。デーロク文学の目的は無論、地獄の責め苦の悲惨さを語ることによって、生きている人間に善行を積ませ、死後よりよい生に身を享けさせることにある。
 チベット密教では身体を、可視の血肉の塊である「粗大な身体」と、不可視の精妙な生体エネルギーのネットワーク「微細な身体」との二つのレヴェルに分けて考えている。死に際して、粗大なレヴェルは地、水、火、風の四大元素 (四大) にそれぞれ還元していく。一方、微細な身体は、一点に収斂して滴となり、頭頂にあるといわれる観念上の孔、ブラフマ孔から抜け出る。この意識のみとなった段階でも、凡人にはまだ粗大な面が残っているので、中有をへてそれぞれの業に応じて六道輪廻のいずれかの世界へ転生していく。
 この物語1*の主人公はオクドの領主妃であったラワン・プティという女性である。この女性は聖地タプにおいて仏道修行を行なっている最中に病死する。彼女は自分が死んだとことを自覚できないまま、夫や家族のもとへ戻って様々に訴えかけ、無視され (相手には彼女の姿は見えないのだから当然である)、その仕打を勝手に解釈して嘆き悲しむ。しかしついには、死んだことを自覚して閻魔 (シンジェ) の国に向かい、閻魔の裁きに立ち会う。この裁きは迫真味にあふれており、罪業を隠そうとする亡者は閻魔から次々とその罪業を暴かれ、その内容に応じた責め苦を加えられていく。しかし、これは全て亡者の意識がみる幻想である旨が随所に強調されている。彼女を閻魔の国で導く女性も彼女の意識のある側面があらわたものなのである。このような非常に洗練された視点が、チベットのデーロク文学と、日本の地獄めぐり文学を異なるものとしている点であろう。仏教用語には一応簡単な説明をつけておいた。物語の背景にあるチベット仏教の事相については中沢新一氏の『虹の階梯』(中公文庫) その他を参照されたい。


II.本文

A. ラワン・プティの半生


 ロダク2*三地方の真ん中にあるゲチュ・ルンパという地の山の方に、クンガー・リンというお寺があります。私はそこで生まれました。父はラマ、ツォケ・ドルジ、母はプンサ・ツェリン・チューゾムといい、その二人の間に生まれた五人の子供の真ん中が私ラワン・プティです。私が母の胎内に入った時と生まれた時には、沢山の吉祥な徴がありました。小さいころから、前世に積んだ良い習気3*ために、その行ないは秀でており、心には智慧と大慈悲4*をもって仏法を崇拝し、世俗 (p.105) のことには全く執着はありませんでした。しかし、オクドの領主から嫁に欲しいとのお申し出がしきりあったことと、御両親様お二人も人法5*を喜ぶ性質であったため、オクドにお嫁に行かなければならなくなりました。私はオクドでの一切の仕事を掌り、僧侶も俗人も貴顕の人も卑賎の人も、外中内の三つの人々をよく保護致しました。特に、上は三宝6*を供養し、下のものには施しをし、俗事を仏法に合わせて行ないました。さらに、前世の良い因縁の力によって、導師ゴム・チェン・リトゥーと出会わして頂き、灌頂7*、聖典の教え、導き等を授かりました。また、他にも沢山のラマ・善知識8*と会って、灌頂、導き、教誡、を沢山授かりました。
 ある時、最勝の聖地であるタプの僧庵において、本尊を修し修業に行くことになりました。領民達は僧庵において必要となる品々を沢山献じ、(p.106) 盛大に御見送りをしてくれました。聖地タプに到着しますと、私は三宝に対する信心が殊勝に生じ、激しい感動から涙がぽろぽろこぼれました。そして、「今は身の回りに取り巻きが集まり、体には沢山の飾りをつけているけれども、今生でのあらわれは一瞬のことだわ。人身を受けるという幸運を得ても、心はちっとも安らがない。死ぬ時に不畏の心が生じなければどうしましょう。自分の心で仏法が理解できなければ意味がないわ。」と思い[仏法を] 激しく希求しました。タプでは大行者ノルブ・タシから全ての灌頂、導き、教誡、等を授けて戴きました。
 それから三ヶ月の間修行を行っていますと、猿月の四日の正午が少しすぎたくらいの時、不思議なヴィジョンがあらわれました。眼前の虚空には厚い彩雲がかかり、その真ん中に鷲の羽根くらいの花びらをした蓮華がありました。その中には五色の虹がかかっており、虹の真ん中には直視できない (p.107) 程の光明が燦然と輝き、その真ん中には親指の関節ほどの大きさのグル・リンポチェ9*の御姿が見えました。その御姿は何度みても見飽きないほど素晴らしく、手には甘露を満たした髑髏杯をもち、髑髏杯の上には、長寿水を満たした瓶をもっておりました。グル・リンポチェはそのヴィジョンの中で、私に十八種類のハンセン氏病を除くための教えと、苦しみの中にある有情の苦しみを取り除く方便等と、真言と聖典の言葉と随許を沢山賜ってくださいました。グルのまわりには、八才の子供の御姿をした聖なる白ターラ菩薩が供養を捧げておりました。この虹の光球につつまれたグル・リンポチェのヴィジョンを感得するいなや、私は激しい信仰の念によって総毛立ち、今生の世間のあらわれは一切滅し、前世の業と行ない等をはっきりと思い出し、生きとし生けるもの (有情) に対する激しい哀れみの心が生まれました。そこで、ラマを信仰する激しい感動によって何度も祈願を行いました。


B. ラワンの死


 それから一年程たった、辰年の三 (p.108) 月十一日に私は重病に罹り、食欲は減退し体を起すと横になりたくなり、横になると起きたくなり、むやみに父母や親戚友人が懐かしく思い出されました。それから十二日の日に召使の子供ソナムツェリンというものが私の顔を見て、涙を流して「奥様、瞳が濁り、鼻もまがっています。国に戻って領主様に来て頂くよう御願いしてはいかがでしょう」といいました。私はちょっとくらいの病気は耐えなければ、修行の意味がないと思って、「今夜はここにいなさい。様子を見てからにしましょう。」と言いました。
 それから半日経つと、体が寒さで震えあがり、ひどく喉が渇いてきました。喉の渇きを癒そうとした水は喉を通らず鼻にもれ、私の体は四大10*に戻る時が来たのです。その徴として、肉は地の要素に還元していったので、(p.109) 体を起そうと思っても、低く沈んでいきました。血液は水の要素に還元していったので、大変に喉が渇き、口も鼻も乾燥し、水を飲む事もできなくなりました。体温は火の要素に還元していったので、何枚も服を重ね着ても体の震えがとまらず寒くてたまりませんでした。呼吸は風の要素に還元したので、息をぜぇぜぇしようとしても、息ができませんでした。瞳孔が開いてしまったので、友達の顔も見えなくなりました。聴覚が衰えたので、まわりが話しかけてくる言葉も聞こえなくなりました。内外の脈が滞ったので、こちらから話しかけることもできなくなりました。今生のあらわれは滅し、来世のヴィジョンが意識にあらわれてきました。意識は水の中にあるもののように明らかになり、ああ、親戚も、とりまきも、友人も、愛しい人も、一切を想っても無駄になってしまいました。私は一人で旅立つ時が来たのです。仏法を行じたことで善趣11*に行けるという自信はなく、過去におかした罪業のみがはっきりと思い出されて、激しい後悔の気持ちによって涙が溢れて来ました (p.110)。その時、ウルウル・ツェクツェクという大きな音が響きわたり、呼吸のめぐりは滞って、意識は心臓の中に集まって気絶してしまい、バター灯12* に御碗をかぶせて火を消したような真の闇になりました。この時には、死ぬという苦しさも、死なないという喜びいずれにも執着することはありませんでした13*。


C. 中有のあらわれ


 すると、向こうの方から、「ワンジン、ワンジン」と呼ぶ透き通った女性の声がしました。ラマがつけた名前が今や必要となったのです14*。「あなたはこの世からあの世にきたのです。この世は無常とまぼろしであるのを知っているでしょう。幻の体に執着せずに、自分の心を法性15*に定めたまま、こちらに来なさい」という明らかな声がして、私の意識ははっきりしました。私は死んではいないと思いつつ、上を見上げてみました。すると、伏せた銅鍋の中に入って上にあいた小さな穴を見上げたような (p.111) 白い小さな穴があるのが見えました。私はその穴に向かって行こうという気もなかったのですが、一瞬のうちに孔の外にでていました。それが自分の頭であるもの分かりませんでした16*。穴のまわりにはたくさんの木が茂っていました。そしてその上には、外側が孔雀の羽根模様のようにきらきらした一肘ばかりの大きさの白い光明があり、その光からは十方に五色の光線が放射していました。その光を見ると私の心は怖れで縮みあがり、意識はさっきよりずっとはっきりとしてきました。心にはすでに身体という拠り所はありませんので、心は風に運ばれて行く鷲のように、千々に乱れました。それでも私はまだ「さっき女性の声を聞いているし死んではいない。」と思っていました。まわりに知っている人を探してみましたが一人も見つけることはできませんでした。
 その時私は死んだことも自覚しないまま、心は悲しみで一杯になり、「食べるもの、着るもの、話すものの三つを犠牲にしてまで仏法を行じることはなかった。(p.112) こんな悲しいままでいるよりは、家に帰ってしまおう」と、そう思った瞬間には、オクドの城に着いていました。オクドには嘆き悲しむ声が満ち溢れていました。領主様と男の領民は皆タプに行っていていませんでした。女達は私の名前を呼びながら泣き伏していました。私は死んではいないと思っていますから、領主様に叱られでもしたのかしらと思って、女達の肩をつかんで立たせてあげようとしました。しかし、女達は私に気がつかないような、見ないようなふりをしていました。また、表の方からも大きな泣き声がしました。表にでて見ますと、人々は「私が死んだ」と言っており、あるものは「お妃様は領民をよく護ってくれ、よく賜りものをくださった。残念なことだ」と言い、またあるものは「私はあいつが嫌いだったね」と言い、それぞれが勝手な話しをひそひそしていました。私は悲しくなって涙が込み上げてきたましたが、涙をみせないようにして、城中に戻りました。(p.113) 城中にいるものは、あるものは、「妃様がなくなられたようだ」と言い、またあるものは「お嬢様がなくなられた。御可哀想に。」と言い、またあるものは「領主様も御可哀想に。」と泣き叫んでいました。私はこれを見ると卵程の大きさの血のあられがふってきて骨が砕けたような、また、皮をはがれたような苦しみを感じて、また大きな音がウルウルと聞こえてきました。自分の体をみてみましたが前のように着物をきています。でも、裸身であられをうけた時のような苦痛を感じて、思わず悲鳴をあげてしまいました。
 すると、姿の見えない声がまた「汝、タプに向かいなさい」と呼びかけてきました。すると、「行こう」という気持ちが起きた時にはもうタプに着いていました。領主様と領民達はタプについていました。酒が樽に一杯に汲まれて、炉には茶が煮立っており、二人の僧が仏画をひろげて仏壇の準備を整えておられました。これは初七日の供養のように思われました。国から弔問の人が続々と訪れており、領主の御前にくると、皆が領主様の御前に酒を献じて、お悔やみの言葉をあれこれ申し上げていました。それから執事のデチェン・タクパが来て、水晶の御碗と皮袋と珊瑚の飾り等を布にくるんで、供養処の中に安置しました。そして、領主様に御挨拶申し上げると「御前様、御涙を御拭きください。御心痛はもっともでございますが、奥方様はオクドの領主妃であらせられながら、俗世の仕事は何にもなさらず、鎧を隠し、先頭きって娘達を仏法に導く話しばかりしていました。オクドの王 (ラワン・プティ) は盗人でした。奥方を亡くされたことより、御自身の御指の怪我の方が痛いはずです。(p.115) 御心の苦しみよりも、御指の痛みです。御遺体を外に出して法要をなさられた方がよいでしょう。」と言いました。領主様も涙を流されておっしゃるには「まだ昼日中の太陽が沈んでしまった。私と妻の生活はあまりに短かった。私には父もいない。母もいない。その上、たった一人の連れ合いとも離れなければならない日がきてしまった。」と泣き崩れていました。領主様は「このような人は死から戻ってきた例がある。リンサチューキもあの世の話しを沢山抱えて戻って来た。この人もあの世から戻って来るかもしれない。四十九日がすぎるまで遺体にはさわらせないで置いておく方がよかろう」とおっしゃいました。私は涙が流れましたが、それでもまだ自分は死んだのではないと思いつづけていました。私は領主様の手をつかんで「私は死んでいません。苦しまないでください。」と何度も話しかけて (p.116) みました。しかし、領主と召使達は何も答えてはくれませんでした。そこで、私はみんな怒っているのだと思いました。それからお茶が給仕されました。私も生前の習慣から領主様と同じ座の端に座っていました。すると、お茶汲みはまず、領主様に御茶をおつぎして他の人達にもついでいきました。でも、私にはついでくれずに行ってしまうのです。御茶が足りなかったのかしらと思っていますと、お茶汲みは領主様の御前にいるアトゥン・ツェリン・ラプテンに急須を渡しました。アトゥンはお茶汲みに急須を置くようにいってしまわせました。食うや食わずのお茶汲みの仕事に腹をたてていて私にこんなひどい仕打ちをするのだわ、と私はまた勝手に思って、夫にも使用人にも腹がたちました。それから、御食事が給仕されました。でも、領主様は「いっしょに食べましょう」とも、「召使といっしょに食べなさい」とも、 (p.117) おっしゃってくれませんでした。私には食事の給仕もなされませんでした。私には食事をする権利がないのかと思い、悲しくなって涙がこぼれました。私は「ああ、仏道修行をしようと思っていたのに、そうさせてはくれず、お父様お母様といっしょに暮らさせてもくれず、あなたの喜びは私の忍耐といって、私が仏道修行に向かうことに良い顔をせず、世俗の仕事をやらせましたね。あなた方の家来の仕打ちとあなた様のなされようは同じですね。私にはここで食事をする権利も、飲む権利もないのですね。それでしたら、私はもう仏道に入りましょう。」と思って、寺の戸口の外にでました。私は「昔私がまだ娘で父母のもとにいた時、まだ私に仏道を選ぶ力があった時、あの人は私をちやほや世話をやいたものだけど、今や私には飲み食いする権利すらないのだわ。召使もあの人の言いなりになって私を団欒の席からはずすのだわ。(p.118) あなたの家来の男達もひどいけど、とりわけあの人のなされようはひどいものだわ。父母が与えてくれたものを身に装ってここに嫁入りに来た時には、私は女神のように美しく見えたわ。なのに今の私は犬のようにさまよっている。『おいしいことをしゃべっても、後になってから何もしてくれないのは、棒で水をうった跡と同じ。女の幸不幸は一生が終わってみないと分からない。』という警句はまさに、私のことを言っているようだわ。『俗事をしない女は今すぐ仏道に入れ』という警句に従わなければ。」と思いました。そして、寺の中にいる領主様に向かって「領主様、御家来衆、御聞きください。前に私がいたその崖っぷちで遊ぶがいいのだわ。あなた達はお金や欲望で満足なさい。私は仏法によって満足を得ましょう。後々後悔なさられないように。」と言って、仏道に入ろうと思ってとぼとぼと出て行ったのです。・・(中略)・・
 私は父母を思い出してサクルムに行こうと思いました。すると一瞬のうちにサクルムに着いていました。御母様はサクルムの (p.121) 寺で巡拝17*をなさっていました。「御母様、私に食べるものと飲むものを頂戴」と話しかけたのですが、お母様は何も応えてくれず巡拝を続けていました。昔私が馬に乗って贈り物の家畜を沢山追いながら、里帰りした時には、お母様は『私の娘が来た』とおっしゃって、御迎えの酒を持って喜んで出てきてくださったのに、今、お母様はこちらを見てもくださらない。私がここに来る前に領主様のお手紙がついて私のことを悪く言ったのだわ。お手紙を読んだお母様は、私を自分の子とは思わず人の子と思うように決めたのだわ。」と勝手に思って、大変落胆しました。また、巡拝路に出て行き、お母様の着物をつかんで「前にお母様とお父様の二人が話し合って私を領主の嫁にやりました。その時私は運命は髑髏に入ったひびのように定まっていたのだと思いました。でも今、領主の妻は家から追い出されました。(p.122) お叱りもたくさん受けましたけれども、若い娘は多少の苦労は必要かとも思いますので、お父様母様には詳しくは申し上げません。自分には息子も娘もいないので、食べるものも飲むものも与えられずに追い出されました。情容赦のない仕打ちも沢山うけました。今私がなすべきことは仏道修行以外にはございません。この度の件については御両親様には何も御迷惑をおかけしませんので、とりあえず私に食べる物をください。私は仏道に入ります。」と訴えました。けれども、お母様は聞こえもしないし、見えもしないようなふりをして、家の中に入ってしまわれました。私は心が千々に乱れて涙にくれました。そしてまた、「大切にしていた友達や召使い達にないがしろにされ、また、御両親様もこんな仕打ちを受けるのだわ。」と思いました。お母様は「来なさい」ともいってくれませんでしたが、私は母の後について家の中に入りました。母と主従は (p.123) 食事を召し上がっていました。私には「食べなさい」ともいってくれず、見てもくれませんでした。私は母の後ろにいて「何か食べ物をくれるかしら」と思っていましたが何もくれませんでした。皆食事をしながらあれこれ話して外を見ていました。私は「みんな怒っているのだ」と思って外に出ていきました。心は不安ではちきれそうで、地に倒れ伏して泣き叫びました。
 その時私は大行者ノルブ・タシの教えを思い出しました。ノルブ・タシ様は人は死んだ時にこのような中有の状態があると説いておられました。「私は死んだのかしら。」とようやく思い至って、体に影があるかないかを見てみますと、体に影はありませんでした。あちこち歩いて見ても石を踏む音も足音もしませんでした。「ああ、私は死んだのだ。」という思いに私は絶望しました。人の世にあった期間は (p.124) 小さな孔から見た天窓のようにちょっとの間のことでした。仏道修行を行ったという自信もないですし、領主妃をしていた時にも、これこれを布施したというべき程のものもありません。閻魔様が今に捕まえにくる、と思う恐怖から、私は悲痛な叫び声をあげて気絶してしまいました。
 その時白い着物をきた女性が私の肩をつかんで立ち上がらせました。その女性は髪を後ろに束ねており、手にはダマル太鼓を持っていました。彼女は「ああ。苦しむことはありません。立ち上がりなさい。煩悩が生じた時それを滅そうとしなければ仏法を奉じたという言葉が嘘になりますよ。生まれて死ぬのは人の定め。お釈迦様が何度もなんどもそう説かれています。死はあなた一人のことではありません。すべてのものが行くこの大きな道に、私といっしょにゆっくり行くことができますよ。」と慰めてくださいました。(p.125) 私もその女性の後について行く気になって、お母様に向かって「とうとう食べるものも飲むものもくださいませんでしたね。今や私は行かねばならない時が至りました。お母様におかれましても後悔なさられないように。」と言いました。そう決心しましたが、やはり心は母と離れ難いものがありましたので、後をおってきてくれる人がいるのではないかと期待して、後ろをふりかえりふりかえりしつつ行きました。でも、私の後を追ってくれる人は誰もいませんでした。


D. 閻魔の国への出立


 私の国には大きな山影があります。心を悲しさで一杯にしながら涙を流していますと、岩山の間を縫う三つの道が現れてました。その中の真ん中の道に入って進んで行くと、太陽のある西南の方向からぎざぎざの嶺を持つ山が現れ、その頂には私の伯父であるという人が私の名前を呼んでいました。その男は頭の髪の毛をふるわして、手には黒い数珠をつかみ、手足は舞踏の型をとっていました。 (p.126) その男の人は「お前は道を誤っている。輪廻というこの苦海の渦の中で、煩悩と苦しみは魚が泳ぐようだ。お前が持明18*の解脱を成就したいなら、嗔恚を捨ててこっちへ来なさい。私は一切衆生の神である。暗闇を照らす光は私である。お前は持明の安楽を得たいなら、嫉妬を捨ててこっちへ来なさい」とおっしゃって、道案内に光の導きをしてくださいました。
 私は手を額にあてて見上げ、上に行こうと思っていますと、突然、赤い風がまきおこって、なすすべもなく私は虚空へとふきあげられ、上に下にともみくちゃにされました。その風の中から私は恐るべき光景を目にしました。人の体に様々な動物の頭をした者達が見えました。目をぎらぎらと光り、上下に長い牙をぎざぎざにつきだし、体には虎の皮の腰巻と人の生皮を (p.127) まとい、骨の飾りをつけていました。あるものは、髑髏を手にもって脳髄をすすっており、あるものは人の腸をたぐっており、あるものは人の足をつかんで粉々に切り刻んで肉を食らっており、あるものは様々な凶器を空にむかってつきあげていました。みな口々にフンフン、パット、パット、ギョプギョプ、ソゥソゥという声をあげていました。風はそれらのものたちの真ん中に入って吹雪のように上へ下へと吹き上がっていました。その時はあまりの恐ろしさに父母も親戚も友達も愛する人もすべて心に思い出す余裕もありませんでした。そうしている間に目の前に大きな平原が開けてきて、その平原のはしっこにおろされました。そこに着くと風も収まりました。先程の化け物達の姿は見えなくなりましたが、耳にはまだあのギョプギョプ、ソゥソゥという声が千の雷のように轟いていました。でも、少しは楽になったので、また、父母や親戚や友達や愛する人全てを思い出して、(p.128) お父様お母様の名を呼んで泣き叫びました。私は「行きます」という言うこともできず、御両親様も私に「行きなさい」とも言うこともできませんでした。私は一人で行けるほど強くはないところがりまわって泣き叫んでました。
 すると、ダマル太鼓をもったさき程の女性が現れました。私はその女性の着物にすがって「お姉様、この平原は何と言う場所なのですか。あそこの大きな街は誰が治めているのですか。また何というのでしょうか。何より御姉様、あなたは誰なのですか。私には父母、友人、夫、とりまきと沢山の仲間がいましたが、私は行きますとも言ってあげることもできずに、なすべもなくここに来てしまいました。私が今身につけている装身具は、みんな、お姉様、あなたにさし上げます。ですから、国にもどる手だてを教えてください。」と言って泣き伏しました。するとその女性は「あなたはとても愚かなので、自分の意識を音にして聞いているのです。虚空のごとく広大な (p.129) この平原は『千万の剣の原』という場所です。罪業を積んだ亡者が地獄に向かう道でもあります。あちらの大きな街は『ロンタンの街』とも『赤い地の山』の国ともいいます。『閻魔国の街』といわれるものもこれです。汝は私を知るならば、密名をイェシェ・ドルジマ (智慧金剛)19*といいます。あなたと私はパートナーです。私達二人は形と影のように連れ立っていくのです。あなたの血肉のかたまりである体も、とりまきも、財宝等もなすすべもなく後に置いていかねばなりません。熟しきった罪の汚れを引き受けて、今は中有の状態にあるのです。これから自分の国に戻って人身を再び得た時には、正法を行ない、ラマや三宝に供養をなさい。貧しいものには施しをなさい。聖地を巡拝しなさい。世間八法20*を捨てなさい。心の中に仏の教えを得るようになさい。」とおっしゃいました。(p.130) この言葉が終わるや否や、中空から雨のように剣が降って来て、大地から林のように剣が生えてきました。亡者達はこの剣で頭や体を粉々にきざまれて大地にあふれました。それを見て私は気絶してしまいました。目が覚めて「ああ、私は死んだのか」と言うと、御姉様は「あなたの体は人の世にある思い出の村に捨てて来たのです。親戚やとりまき達はあなたの死体を見ていたり、名前を呼んだりしています。あるものはあなたの冥福を祈る準備をしており、あるものはあなたの死んだことを認めずに「神も仏もないものだ」と言っています。私はこの女の言葉を聞き、私は死んだのだという苦しみと、仏道修行をする暇がある時に行わなかった後悔の気持ちと、自分が犯した罪業等をいっぺんに思い出しました。そのため、自分が積んだのは罪ばかりで、もはや私はここから出る日はこないのではないかと思って悲嘆にくれました。(p.131) 「ああ、悪業を積んだ罪人達がさまようこの中有には、至るや他の手段はなくなります。生きているうちに聖なる仏法を行いなさい。宝を積むことには意味はないので、全ての財産は三宝に献じるのです。行為は意味がないので、行為することをやめて本尊と一体になるヨガを行いなさい。とりまきが集まっても意味はないので、一生懸命供養して、あなたの身近にある寺を巡礼しなさい。人の体を得た時に仏法を行わなければ、あらゆる行ないは意味がなくなります。貪欲や嗔恚や嫉妬等を捨て、体と言葉と心21*の三つの罪を清めるために、五体投地を行ない聖地巡拝をしながら、六字真言を唱えなさい。心は三昧22*に住するようになさい。そうしないなら、この地に来てからでは、逃れる手段はなにもないのです。」と言って、自分の胸 (p.132) をかきむしって涙を流して、仏道修行を行わなかった激しい後悔の念にくれたのでした。
 そして、御姉様に向かって「私は仏道修行は行わなかったけれども、罪業はそんなに積んでいないと思います。私は赤い大風にとばされてギョプギョプ、ソゥソゥという千の雷鳴のようなこの音の中につれてこられました。虹色の渦につつまれたあの恐ろしげなあらわれは何でしょうか。」と尋ねますと、その女性は「あなたをさらってきた赤い大風は閻魔様の使者のお迎えです。様々な獣の頭をしてギャプ・ギャプ・ソゥソゥという声をあげている化け物は、私達の身体マンダラの中にいる寂静尊や忿怒尊23*なのです。手に様々な凶器をもっているのは煩悩の根を断ち切ることの象徴です。でも、あなたの意識が彼等を敵だとおもっているのでそれが凶器に見えるのです。彼等の口は仏法を語っています。でも、あなたの誤った意識にはギャプギャプ・(p.133) ソゥソゥという音に聞こえるのです。彼等を依怙尊として死を思いなさい。輝き渡る五色の光明は寂静尊や忿怒尊達の放つ光明と五部の仏24*の光の道です。この光も依怙尊として、死を思う信仰をもちなさい。一切の音はみな自分の音、一切の光は自分の光、一切の光線は自分の光線、一切の音と光と光線は自ずと沸き起こって来たもので、意識に音としてとらえないようにしなさい。あなたの罪はそんなに大きくありません。濁世の五毒25*にまみれた粗大26*な有情達は地獄におちなければなりません。生きているうちに良い行ないをすることです。これから心を落ち着けて、よく見るのです。見たもの聞いたもの全てを忘れずに心に留めておきなさい。さあ、いっしょにあちらにいきましょう。」とおっしゃいました。行きたくはなかったのですが、御姉様が行ってしまうので私はその後についていきました。
 その平原の西方から人の (p.134) 体に鹿の頭をしたものが、猫目石と瑪瑙を頭につけた老女を追って現れました。鹿頭は手に黒い索を持ち、かっと見開いた目は虚空を睨んでおり、緞子のように赤くて長い舌をしていました。私はパートナーの女性に「ああ、あちらにいる鹿の頭をもつものは誰なのでしょう。前に歩いている老婆はなぜ怖れおののいているのでしょう。」というと、御姉様は「あなたは怖れる必要はありません。鹿の頭をしたものは鉄壁の宮殿からやってきた、頭蓋骨の本尊達です。東西南北の四方にはそれぞれの場所に決まった色があり、決まったものがあらわれているのです27*。前に追い立てられて苦しんでいる老女は、カム28*の西寧という地からきたものです。彼女の夫は、三十七の村を持ち、強奪をこととし、野生の動物を殺した、道を誤った老いた領主でした。この苦しみは中有のあらわれ方なのです。今これから、白黒の詮議を受けて、ここから無間地獄に行くものなのです。・・・・・・[以後、ラワン (ワンジン) は地獄の責め苦をうける亡者に次々出会い、彼等から地獄に落ちる原因となった前世での悪行を聞く。]


E. 閻魔の国で


 [ついでラワンは閻魔の裁きの場にきて、地獄の裁きを傍観することとなる。法廷には亡者の前世での良い行ないを説いて弁護する白い神と、悪業を暴いては地獄におとそうとする黒い悪魔がおり、あたかも弁護士と検察官のいる現在の法廷を見るようである。神と悪魔の両者の申し立てが終わると最後に閻魔法王の裁きがくだされ、亡者はそれぞれの業に応じた六道輪廻の道へ進んでいくのである。ここではその一部を紹介する。]
 (p.220) 「今、人界から命を終えたものが到着したので、ここに引っ立てて来い」と閻魔法王閣下がおっしゃると、鉄の城壁の中から手に手に様々な凶器を持った閻魔の仕事人達が、フンフン・パットパットと叫びながら、大地と中空のあらゆる方向に散って行きました。そして下手から一人の女性が現れました。彼女は閻魔の仕事人達を見て一瞬逃げようとしましたが観念して戻ってきて、一心に六字真言を唱えていました。「オン・マ・ニ・ペ・メ・フン」29*と唱えていました。真言を聞くと閻魔達はそれ以上女を苛まずに持ち場にもどっていきました。その女の弁護に立つのは白衣を着た神でした30*。白い神は髪を頭頂で黒い紐で結い上げており、手には骨片をつなぎあわせた数珠を持っていました。神はその女性の肩をつかんで (p.221) つれてきて、閻魔達が女をたたいたり掴んだりしないように解き放ってやりました。女が法王の御前に着きまきすと、法王は「私の前にいる女、汝は、南瞻部洲に生まれ、特に人身という宝を得て31*、上はラマと三宝を供養したか。下には貧しきものに施しを与えたか。中に有情にあわれみの心を起したか。体の罪を清めるために五体投地や巡拝を行ったか。言葉の罪を清めるために六字真言をとなえたか。心の罪を清めるためにマハー・ムドラー32*の修行を行ったか。父母に孝養をつくしたか。いつも観世音菩薩に祈願をたてていたか。宝の山に行って33*空手で戻ってはこなかったか。宝のごとき人身を得て空手で戻ってはこなかったか。今有り体に白状せい。」とおっしゃいました。 (p.222) 女はぶるぶるふるえて気絶してしまいました。
 そこで左手にいる白い神が起こしてやって「今は苦しんでもかいはありません。血肉からなるあなたの体は人界に残してきたのです。あなたの業はそんなにひどく熟していません。今法王の御前で本当のことをはっきりと述べるのです。」と言いました。すると、女はふるえながらぽつりぽつりと以下のように言上しました。「ああ。法王様、私の言うことをお聞きください。私の生地はウ (中央チベット) の方でございます。名前はサムテン・キョンと申します。人の世にいた時に、仏道修行を行ないたいという気持は切にありましたが、両親が俗事を強要して仏道を行じさせてはくれませんでした。世間に出てから二人の子供をもうけました。しかし、私が善行をつまなかったせいか、国で天然痘が流行して二人の子供と夫を同時に無くしてしまいました。(p.223) ・・・・・それからは食べるためにあちこちを点々としていましたので、善行に専念はできませんでした。三宝の供養と、貧しいものへの施しを少しは致しました。また、ラマや念仏師 (p.224) 達にも布施や供養を致しました。真言を授かり、在家の誓いも護りました。しっかりとした学問はいたしませんでしたが聖地と縁を結んで祈願をたてさせて戴きました。悟りを得た修道者達には麦こがし等、可能な限りを布施して結縁させて戴きました。・・・・・下のチルチル・ウルウルといっているとこには落とさないでくださいませ。」と涙をぽろぽろ流しました。
 するとまた、左手から白い神が立ち上がって法王に一礼すると、このように言いました。「ああ法王様、私の言う事をお聞きください。生まれた場所や家族の様子は女の申し立て通りです。この女はあちこちを放浪して積んだ宝はありませんが、上には供養し、下には施しをし、できうる限りの善行をしました。中には、有情に哀れみの心を養っていました。修道者の男女に供養を致しました。念仏師にも供養を行ない接待をし、誓いを護って六字真言を常に唱えていました。・・・・(p.225) これらの善報を数えて積むとこれだけになります。」と言って、白い石を一斤程積み上げました。
 また、右手から黒い悪魔が立ち上がりました。この黒い人は布の短い腰巻を着て手に黒い布袋を持っており、いきなり、虚空に向かって「ハ、ハ、ハ」と雄叫びました。そして、「法王様はお優しいだろうが、この女の罪業は隠すことはできないぞ。この悪女サムキ、お前は他人の夫に色目を使い、前世の業で定まっていた夫や子供をないがしろにはしなかったか。死ぬ時のために善行を行ったというが、どこでやったんだ。まだいたいけない子供を殺してはいないか。どんな懺悔をしたんだ。嘘とか悪口を言ってはいないか。どこで三宝に供養をしたんだ。(p.226) どこで貧しいものへ施しをしたんだ。いつ父母への孝養をしたんだ。罪業を積んだ石はこれくらいありますぜ。」と言って、黒い小石を半斤くらい積みあげました。すると猿頭の人が立ち上がって、「神様、悪魔様、お二人が争う必要はありません。私の秤で計ってみましょう。黒い石と白い石を秤に載せてください。」と言って、黒い石と白い石を計りにかけました。そして、猿の頭をした人は「白い石が重くて多く、黒い石は軽くて少ないので、この女は善趣 (前出) におくりましょう。」と告げました。すると、法王様の右手から牛頭の閻魔が生存を写す業の鏡を法王の御前に掲げました。法王はそれを見てこうおっしゃいました。「汝が人界にあった時、清い善行をしたことも真である。(p.227) 上は三宝に供養もし、下は貧しきものに施しもしている。常に六字真言を唱えてもいる。ラマや念仏師達に接待と布施も行っている。修道者に麦焦がしを与えて結縁を願ってもいる。さらに、善いことを全て行ったわけではないが、五体投地と巡拝等の善の先駆けとなるものは沢山行っている。しかし、お前に罪はないというのは真ではないのである。お前は嫁に行く時に誰が父親か分からない父なし子を生んでいた。金持ちの嫁に行くのにまずいと思い、お前はなきものとしたのだ。自分の子供を殺した罪は大きくはないか。百匹の虫を足で踏んで殺すより、自分の子供を殺すことは罪深いのである。お前が行く道は地獄以外ないが、お前はその後後悔の念を起こして(p.228) 体の門からは五体投地と巡拝を行ない、言葉の門からは六字真言を常時唱え、ラマや念仏師の前で何度も懺悔を行ない、非常に後悔した。それでその罪は浄化されている。上は三宝に供養し、僧伽にもてなしをしたが、お前の心にはひがみがあった。お前は「金持ち達が奉仕することと、私が奉仕することはその大小にかわりはないのに、あの金持ち達は上席に座って祝福を受けて良い賞賜品を賜っている。私は末席に座布団もないまま座らされて、食べ物も賞賜品もわずかしか頂けない。奉仕の量は同じなのに、勢力や身なりで判断する人ばかりだ」と思っていただろう。この僻んだ心の足跡はまだ消えていないのである。(p.229) お前は人身を得るが、僧伽に奉仕を行う際に僻んだ罪によって、今一度鷲として生をおくれ。それから人身を得よ。」とおっしゃいました。
 その女性が私に向かっていうには「福あるものよ。人界にもどった暁には、皆のものにこのように告げてください。上は三宝に供養をし、下は貧しきものに施しをし、本尊観世音菩薩に祈願をたて、常に六字真言を唱えなさい。六字真言の功徳は無量なのです。こうして、積善の果報を集めなさい。三宝に奉仕申し上げる際には、私がしたように僻んではなりません。心を仏法によせるなら、在家であっても中有や地獄の苦しみから逃れることはできます。」(p.230)と言い終るや、畜生の道に入って鷲に生まれ変わりました。[これからもラワンは数々の裁きを目にし、ついに自分の体に戻る時が来ます。]


F. この世への帰還


 それから私は今や国に戻ろうと思って、それと同時にタプに戻っていたのです。ところが、私の家の戸口には、鼻の白い犬の死骸がありました。死体の目はおちくぼみひげはちぢれていました34*ので、恐くも汚くも感じて、一瞬向こうに飛びのいてしまいました。しかし、思い直してまたいで行くことにしました。犬の死骸をまたぐやいなや (p.315) 私の心は自然と体に入りました。意識は散じて日が暮れたかのように真っ暗になりました。そしてしばらくして、少し意識がもどってきましたが、体に力がでないので動く事はできませんでした。意識が少しずつはっきりしてきて少しだけ動けました。すると、枕許にいた預流の聖者35* が「パット、パット、パット」と三回掛け声をかけました。私は地獄の苦しみと恐怖等をその声で明らかに思い出して飛び上がりました。そこで、私の顔にかけてあった布がめくれました。預流の聖者は「オクドの王はおぞましい歩く屍であるのか」と思って、帳をあげて私の頭を手で何度もたたきました。それから私の帯に手をかけたので「私は死んでいません」と手をつかもうとしましたけれども、体に力がないのでつかむことはできませんでした。(p.316) 口をきくこともできません。預流の聖者は私の体温を確かめて、心臓に少しばかり温かみがあることに気づきました。
 家人は皆私の名を呼んで「お嬢様が蘇った。みんなここに来い」といいました。お母様がいらっしゃって、「私の娘が蘇ったのか。」と涙をぽろぽろこぼしました。それから私の体を包んでいた皮の袋をお針子達がほどいていきました。領主様はとんできて私の体を家の中に移しました。「酒と砂糖と蜂蜜を混ぜたお粥をあげなさい」とおっしゃって、お粥をくださいました。でも、七日の間は体と心が離れた状態にあったため、舌と喉がやたらと乾いてお粥ものみくだせなかったので、スプーンですこしずつ口の中にそそいでもらいました。翌日から次第に精力がついてきました。そこで、取り巻きのもの達はほっとして「お嬢様が蘇った」と喜んだのです。
コロフォン このようなカルマワンジンの中有の見聞と、閻魔法王の御言葉と、亡者の言伝を全て書いたなら、聖ミラレパ36*の伝記と歌謡ほどの量になります。ここでは、活仏ラワン・プティの中有の見聞と亡者の言伝をまとめた三部のメモを校訂して、導きを記したものです。方言や語法の不統一は訂正しました。この本は、栄光のドゥクパ・カギュ派の聖者、ガワン・テンジン等の勝者の御足の埃を頭に戴いて37*、甘露のような御言葉を沢山得たヨガ行者、タクトゥン・ドルジェ (飲血金剛) 別名シーラドゥワヅァが、ドゥク・プンタン・デチェンの近郊で書いたものであります。吉祥あれ。


III. 注


*1 このデーロク物語は Two 'das log Manuscripts from the Library of Lhakhang Lama (Publisher, Don grub rdo rje, Manju-ka-tila Delhi, 1978 というチベット語手写本テキストから翻訳したものである。テクストの綴りは現行のチベットの正統な正字法からは全く逸脱したものであり、読解が困難な場所がいくつか存在した。
*2 現在の西蔵自治区の南部にあるヤルドク・ユム湖の南側にあたる地域。カギュ派の聖地や古刹が多い。
*3 仏教では人間の行為 (業) は意識に潜在力 (習気) として貯えられ、それはその人が死んだ後も存続し、また次の生を生み出す原因ととらえている。
*4 仏教では智慧と慈悲 (福徳) は悟りに至るための二つの重要な元手 (二資糧) となるものととらえられている。
*5 仏法と対立する世俗 (世間) の法を示す言葉。
*6 仏・法・僧の三つを指す。
*7 密教のイニシエーション。
*8 仏陀の教えを継承し伝播する人々のこと。
*9 九世紀に、インドからチベットに密教を伝えた伝説的密教行者。
*10 物質を構成する四つの元素、地、水、火、風を指す。
*11 善行の結果として趣く、楽しい生存領域、天・人の二種類を指す。
*12 ヤクのバターに灯心をいれたチベット特有の灯明。
*13 チベットでは死の直後から、中有に入る前の何時間あるいは何日かの間、死者の意識は死のパルドという状態にあるという。その間意識は全くなくなる。
*14 仏教の修行に入る際に導師が弟子につける名前 (密名) を指す。
*15 法性 (法の性質) とは空 (ものごとは全て縁起しており実体がないということ) を指す。
*16 白い小さな孔とは、体内の中から、頭頂にある微細な身体上の孔、ブラフマ孔を見上げたことを指している。
*17 チベットでは聖域 (寺や塔や聖地) のまわりを時計回りに五体投地する修行方法がある。
*18 持明とは密教の悟り (明) を得たものという意味。
*19 イェーシェー・ドルジェとは心臓にある意識の滴が人の姿に化現したものである。
*20 利・不利、名聞・不名聞、論議・無論議、苦楽等の対立する四組みの世間的概念。
*21 人間の行為を身体活動、言語活動、意識活動の三つにわけた身・語・意の三つを指す。
*22 心が瞑想によって安定して澄みわたっている状態。
*23 チベットでは死者の意識は中有において様々な仏の来迎を受けると言われている。その仏は大きくいって、阿弥陀仏のような柔和な表情をした仏 (寂静尊)と、ヘールカのような火焔を背負って恐ろしい顔をした仏 (忿怒尊) に分られる。口絵参照。
*24 密教の仏の分類法。仏部、蓮華部、金剛部、羯磨部、宝部の五つ。注28参照。
*25 五種類の煩悩、貪、嗔、痴、慢、嫉。注28参照。
*26 解説参照。
*27 密教の思想では五つの方角 (東西南北中央)、五つの色、五つの煩悩、五つの意識、五つの智、五種類の仏と全ての事相を五種類に分けて各々が対応するものと考える。この思想の絵画化がマンダラになる。
*28 カムはかつてチベット東部を構成する地域であったが、共産革命後、青海省自治区に編入された。西寧は現在の青海自治区の省都。
*29 観音菩薩の真言。六節からなるので六字真言と言う。
*30 ここに現れる白い神と後に登場する黒い悪魔はそれぞれ亡者が在世の折、誕生と同時に生まれ死去と同時に地獄にあらわれた「倶生の神魔」と呼ばれるものである。白い神は亡者の善行を説き弁護士の役割を果たし、黒い悪魔は亡者の悪業を暴いて非難する検察官の役割がある。
*31 畜生や地獄や餓鬼は自分達の意志では善行もつめず、また、仏教を修行することもできない。しかし、人間は仏教を修行して解脱する可能性を持つ。従って、チベットでは人身を宝といい得難いものであると言う。
*32 「大印契」と訳されるカギュ派の中心的ヨガである。
*33 人間界に行ったこと。注31参照
*34 ラワンの死体がラワンの意識には犬の死体と映じているのである。
*35 悟りの第一段階に入った聖者。
*36 十一世紀に活躍したカギュ派の有名なヨガ行者。ミラレパの伝記と歌謡はチベットでは宗派を超えた人気を得ている。
*37 仏教では貴人に挨拶する時、足を頭の上に戴く礼 (頂礼) をする。この場合は師として仕えたという意味。


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